リアルのお話です。薫×亮。
























粉 雪 の 降 る 夜 に






白い息が、空中に舞う。
夕方からちらつきだした粉雪は夜になるにつれて細かさを増し、しんしんと降り続いていた。

等間隔に立つ街灯に灯りが灯る。
時計は未だ19時を指していたが、辺りには誰も居らず、少年ー亮ーは立ち止まり後ろを振り向いた。
そこには、寂しげに立つ街頭と粉雪と、雪の絨毯に刻まれた亮の足跡以外は何も、誰もいない。
しんと空気が静まり返り、まるで世界に一人取り残されたような感覚に陥る。

全てを白く、重く覆い隠す粉雪。
捕われてしまったのだろうか、何も見えなくなった。
闇は、自分だというのに。

そっと傘を閉じれば途端に、髪に、頬に、睫に、肩に、体に、それは降り落ちる。

その身に浴びた白に染まってしまえば、いっそ一つになれるのかもしれない。
どれだけ心を通わせても、体を繋げても、最後には離れてしまう。
温もりを与えられれば、与えられるほど、離れた時の寂しさに耐え切れない。
それを依存というのなら、自分はもうその領域に足を踏み入れて、もう戻れないところまでやってきているのだと、亮は解した。




ぽたり。




睫に落ちた粉雪が溶けて頬に滑り落ちた。
冷たい液に混ざり熱をもった液も微かに感じられ手を這わせれば、それは睫からではなく眸から零れ落ちていた。


ー会いたい…ー


ひとつ目を閉じて亮は再び歩き出した。










暗い部屋に断続的に着信バイブが響く。
塵箱に投げ捨てられたそれは小さなランプを灯し、着信を主人に知らせるべくチカチカと光り続けた。
誰もいないのかと思うほど部屋はひっそりとはしていたが、住人ー薫ーは窓際に座り込み無常にも降り続く雪を見つめていた。
薫は一度ちらりと塵箱を見遣ったが、すぐにまた窓際へと視線を戻す。
その眸は少し気色ばんでいるようにも愁いの色を映しているようにも見受けられた。
暫くすると着信はぴたりと止まり、静寂が部屋を包む。

こつん。と壁に頭を凭せ掛けると、知らず知らずのうちに溜め息が零れた。
着信相手は解っている。
この世界で、自分にかけてくるのは、必要としてくれるのはただ一人しかいないから。
だから、だからこそ出るわけにはいかなかった。

しんしんと降り続く雪になりたい。と薫は思った。
そうすれば、何も悩むことなく彼の傍にいることが出来るのだろうから。
溶け合えば、こんなにも切ない気持ちになることもなくなるのに。と。


コートを手にした薫は部屋を辞した。
住人がいなくなり、更に部屋は静まり返る。
不意に暗闇にチカチカとランプが灯り。
そして、何度目かの着信バイブが震えた。



サブディスプレイには『亮』という文字が表示していた。










『ただいま、電話に出ることができません。ピーという発信音の後に…』
アナウンスはそこで途切れた。
閉じた携帯にひらりと落ちる粉雪。


幾度かけても繋がらない携帯。
返事のないメール。


「嫌われた、よな」


胸に秘めていた思いが口をつく。
こうなるのは当然だと解ってはいたが、それでも信じられない気持ちが亮の心を占めていて。
悲しいはずなのに、涙は出ることはなかった。
座った、公園のブランコがキィキィと物悲しげな音を発する。



見上げると、冷たさと優しさを伏せ持つ粉雪が次々と亮に触れては溶けていった。










さくさくと、雪を踏みしめて歩く。
そのゆっくりとした歩はいつも彼に合わせていたスピードで。
気付けば、右側が人一人分だけが空いていた。


「亮」


いる筈もない人物の名を口にした途端、愛しさと彼への渇望が湧き上がる。
いつだって、隣で笑っていた。
困ったり、怒らせたり、泣かせたり。
そのくるくると変わる表情が色鮮やかで、いつでも目を奪われているのは薫だった。


『志乃。志乃がいるから、もう…お前とは、居られない』


そう言われたのは数日前。
ただ、薫には判っていた。
亮には自分以上に特別な誰かが居て、自分は身代わりでしかない事を。
だからその台詞を聞いてもあまり驚く事はしなかった。



初めは身代わりでも構わなかった。傍に居る理由が欲しかったから。
偽りの笑顔でもよかった。必要だと言ってくれた気持ちはきっと嘘じゃないと信じていたから。
けれど、肌を合わせるようになって、体だけでなく心をも通わせるようになって、自分の中にある激しい感情に初めて気付いた。
それは時折抑え切れないほど肥大し、薫の心を玩び、翻弄し、亮を傷つけてしまう事もあった。


その度に泣くのは薫で、亮は優しく抱きしめてくれていた。


だから、これで良かったのだと薫は思う。
亮を傷つけてまで傍に居る理由なんていらない。
例えそれが己であったとしても、いや、己だからこそ許せなかった。

傍に居ることも侭ならない恋情。
かつて求めた彼女には起らなかったもの。
もう一度、出会えた頃に戻れたのならやり直しが利くのだろうか。



ふと顔を上げれば、雪化粧を施された遊具が薫の目に映った。
亮とよく出かけた公園。
踏みしめた雪にうっすらと誰かの足跡が残っていた。
もう殆ど消えかけたそれを追うと、足跡はブランコの前まで続いていた。


「亮…?」


確証があったわけではなかった。
けれど、それはきっと彼だと確信めいたものを薫は感じた。






辿り着いたブランコには、誰もいなかった。
ただ薄く積もった雪が、少し前まで誰かがそこに居た事を知らせる以外は彼の匂いは全くない。


絶望に捕らわれたように立ち尽くす薫の頬に一筋、涙が伝い落ちた。





見上げた夜空は濃紺に彩られ、隙間なく真っ白な粉雪が降り落ちる。



「亮……会いたいよ」



跪き、その足跡に口づける。
例え傷つけたとしても、最後に残るのは愛しているという気持ちだけ。


「会いたい……この気持ちは、やっぱり消せないよ…亮」


そのまま寝転がれば、さらに雪は優しく降り積もる。
柔らかい頬に、長い睫に、薔薇色の唇に、雪よりも白い肌に、それは降りかかる。
このままひとつになれたら、キミの傍にいられるのかな。
小さく呟いた言葉は、夜空へと溶けていった。










手に持ったホットストレートティーがじんわりと凍えた指先を溶かしてゆく。
家に帰る気にもなれず、けれど、薫に会えるわけでもないが、亮はその公園に留まった。
今更帰ったところで誰か居るはずもない家。
特にこんな日は、彼以外の誰かに会いたいとは思わない。



それならばこの綺麗な世界で、薫との思い出に浸っていたいと思った。


「誰か、いるのか?」


再び踏み入った公園に新しい足跡が浮かんでいた。
亮よりも大きいそれは、先程亮がつけた足跡の直ぐ横に並んでいて、迷うことなく真っ直ぐブランコまで伸びていた。



もしかして。と思ってしまう。
嫌われたのだと解っていても、亮の心は期待で溢れていく。
急く気持ちを抑えて、ゆっくりとその足跡の右隣を歩く。
かつてそうしていたように。
歩調を合わせて。






辿り着いた先、ブランコには誰も座っていなかった。
けれど、そのすぐ傍に雪に倒れこんだ誰かが、居た。

艶のある亜麻色の髪。
見えるのはそれだけだったが、亮にはそれで十分だった。

近づく度に高鳴る鼓動。
乱れる心。

目を閉じているらしく薫はぴくりとも動かず、亮の存在にも気付いていなかった。

真っ白なコートが、肌が、雪よりも白く映る。
座り込み見下ろせば幾日振りかに見る想い人は、未だ亮に気付かないままだった。
その唇が小さく、亮。と囁けば、胸が切なさで押し潰されそうになる。

身を屈め、その唇にひとつキスを落とす。
雪のように冷たい唇はぴくりと震えたが、それに構わず亮は口づけを深くしていく。
やがて、相手が誰だという事どころか、これが現実だと気付いてもいない様の薫の眸がうっすらと開かれた。



「……りょう?」



「うん」





見上げたのは、紛れも無く本物の亮。

見下ろしたのは、あれほど焦がれた本物の薫。






触れた頬は、凍えるほど冷たくて。

触れた手は、凍えるほど冷たくて。






「「冷たい」」






同時に発した言葉に、二人は微笑む。

「薫、俺…」

言いかけた言葉は途中で途切れた。
起き上がった薫が亮の腕を引き自らの腕の中に閉じ込めてしまったのだ。
押し当てられた胸に、亮は顔を埋めた。

薫もただきつく、きつく亮を抱きしめるだけだった。



「りょう…」



呼ばれて見上げれば、優しく笑む薫の視線が絡まり。
そして次の瞬間にはどちらからともなく、唇を押し当てていた。










しんしんと降り続く雪は、二人を包みながら溶けてゆく。



「大好き、だよ」



それは冷たく。



「俺も……もう、離れたく、ない」



時に優しく。



「ボクも…。もう、誰にも渡さない……ボクだけの、亮」






口づけを交わす二人の上に立つ夜空は、濃紺に彩られて。



隙間なく埋め尽くされた真っ白な粉雪は。



いつまでも降り落ちていた。












あまりにも暑いので現実逃避(笑)
しかもスランプ明けだってのに、ちょっと暗い。
今回は感覚だけで書いちゃったので話の筋が通ってません。
なんじゃこりゃってくらい話が飛び飛びで繋がってないです。
次はもうちょっとマシなものを書きます(反省!)
2007.08.13 UP