薫×亮。。クリスマス話です。
























宿 木 の 下 の 恋 人






12月が近づくと途端に街並みが賑やかになる。
葉が全て落ちて寂しさを感じさせる木々がクリスマス色にデコレートされたネオンを着込み、華やかに光り、毎年流れる恒例の曲がその日の雰囲気を作り出し、人々を歓喜の世界へと駆り立てる。



特別な事があるわけじゃない。けれど確かにその日は何かを期待させるのだ。








特別な何かを……。
















白い息がより寒さを強調させる中亮は足早に賑やかな街並みをすり抜ける。
腕を組んだカップルや笑い合う家族連れが軽やかな足取りですれ違っていく。
店の前では、サンタやトナカイの着グルミを着た従業員が寒空の中ケーキやシャンパンを売り切ろうと声を張り上げていた。
「いかがですか〜!ホールからカットまでありま〜す!お一人から家族まで食べられますよ〜!今ならシャンパンもついてま〜す!!」

馬鹿みたい。そう思いながら横切ろうとした時。
「いかがですか〜?」
トナカイの着グルミがチラシを手渡してきた。いつもなら無視を決め込む亮だったがその日は何故か受け取ってしまった。
チラシには『クリスマスにはケーキ。ホールからカットまで!お好きなものを選んでね』そう書かれていた。
「今ならシャンパンを無料でお付けしますよ」
ケーキなら母親が用意したものがあるだろうし、大体俺は未成年だ。そう心の中で呟いたが、亮の指先はワンカットされたチョコレートケーキを差していた。

「これ、下さい」
 















リアルの今日はクリスマス。時刻は夜8時。いつもなら人が多いこのThe Worldも今日ばかりは疎らだった。
そんな中エンデユランスは一人カオスゲートに立ち尽くしていた。

「ハセヲ……やっぱり来ないよね……」

解ってはいたものの、会えないという事実にエンデュランスは肩を落とした。
ハセヲは冬期講習とテストの為少し前からログインを控えていたのだ。会えなくなって今日でちょうど1週間。

「どうしてテストなんて存在するんだろう……」
それが原因で会えない度思う。

こんなにも、好きなのに。
こんなにも、求めているのに。

奇跡が起こってくれればいいのに。

エンデュランスは目を閉じてハセヲを想った。


「あっ、エン様!!!」

再び目を開こうとした時だった。
背後から甲高い声がエンデュランスの名を口にした。
女型PCが頬を染めてエンデュランスを見つめている。けれど、その熱い視線にエンデュランスは振り返る事もせずカオスゲートを見つめていた。

「わ〜。こんなところで会えるなんて。クリスマスにログインして良かった〜。

あのぉ、もし良かったらこれから、レベル上げ一緒に行きませんかぁ?」


そんな誘いにエンデュランスが乗るはずもなく。

「ハセヲに逢いたい…」

そう言ってログアウトしてしまった。
















部屋の中はエアコンと秒針の音以外は静かで、亮は机に向かって参考書を開いていた。

時折、ぱらりとページを捲る音が断続的に聞こえる。

時計の短針が11を差した頃、亮は軽く伸びをしてゴミ箱を横目で見た。
空のそれに丸められたメモ用紙。
もう一度取り出して、広げてみる。

『リョウちゃんへ。
今日はお父さんもお母さんも帰れそうにないので、ご飯は冷蔵庫に入っているものを食べてください。あと、贈り物が机の上にあるので開けてみてね。メリークリスマス』



毎年変わらない内容の手紙。

帰宅した時にはもう解っていた。

この手紙が置かれている事を。

静寂に包まれた家。

今はこの広い部屋が、とても窮屈に思えた。

なんの温もりも感じられない、ただの空間。


テーブルの上にあったプレゼントは手に取ってみたものの、開ける気にはなれず、そのままの状態で机の上に置いたままになっている。



一人きりで過ごすクリスマスは今年で何年目だろうか。
慣れていたつもりだった。

彼と出会うまでは。





途端に会えない寂しさが、胸を突く。








「こんなの、いつものことだろ…」


再び参考書に目を通そうとページを捲りかけた時、携帯が不意に震えた。開くと『新着メール』の文字がディスプレイに表示されていた。


『窓の下、見て』


簡潔な内容のそれは薫からのものだった。



ーもしかして。ー



そんな、小さな期待を抱いて、すぐさま窓を開く。





「薫…」





白い息とともに吐き出されたその名前の主は微笑みながらその場所に立っていた。
















玄関のドアを開けると1週間ぶりの匂いが亮を包み込んだ。
「亮、逢いたかった…」
強く抱きしめられて愛の言葉を囁く薫に亮の表情が無意識に綻ぶ。

薫は手に持った赤い実がついた何かの枝をドアに引っ掛けた。
「何だ、それ…」
そう言葉を紡ごうと口を開きかけるが薫によって塞がれた。

「ん…」

それは、長い長い口づけだった。


「ちょ…何だよ、いきなり」
少し乱れた息で亮は非難の声をあげた。

「ねぇ、知ってた?クリスマスの日には宿木の下でキスをすると幸せになれるんだって」

「…へぇ」

薫は嬉しそうに笑ってもう一度亮にキスをする。


「Merry Xmas、亮」



  「あ…うん」


照れているのか亮はそんな曖昧な返事をしただけだった。

「亮も言って…?」

「え……あ………メ、メリー…クリス、マ…ス」

クスッと薫が笑う。

「わ、笑うな…!!」

「だって、亮どもってるんだもん…ふふ…」

「うるっせ!!……しょうがねーだろ…そんな事言うの、久しぶり…なんだし…」

笑うのを止めた薫はきつく亮を抱きしめた。

「…来年も絶対に言って、ね?亮…」

「…うん…」
















☆おまけ☆








「亮…」

「…うるせ」

「ねぇ…」

「黙ってろ…」






そんな遣り取りが続いて30分。

部屋には鉛筆を走らせる滑らかな音と、ページを捲る音だけが部屋に響いている。

「ねぇ、まだ…?」

あれから終電に間に合わない薫は亮の家に泊まる事になったのだが、亮は薫に構うことなく机に向かって講習で出された宿題を片付けている。
ベッドに座った薫はそんな亮の背中に熱い視線を送っていた。


ー…気になるー


背中が痛いほど見つめられているのが解る。
構ってあげたいけれど、宿題は明日までに終えなければいけない。

でも……。

「集中できねぇ!!」

勢いよく参考書を閉じると亮は椅子を反転させたが、いつの間にか真後ろに立っていた薫の腹部にぶつかり、そのまま倒れこんでしまった。

「ぶっ!」
「勉強、終わったの…?」
薫は嬉々とした表情で亮を受け止めた。
「〜っ!!終わってねぇよ!」
ぶつかった鼻を押さえながら涙目の亮は薫の腕を掴んだ。


「…え?」
「でも、今日は特別。だ」
そう言って薫に軽くキスをした。

いつの間にか背中に回っていた手。

先ほどまで感じていた窮屈感はもうどこにもなかった。
ただ、薫がいるだけで。
こんなにも亮の心は安らぐ。







「あ。宿木の下じゃなきゃ、駄目なんだっけ?」

思い出したかのように、キスの合間に亮の唇から零れた言葉。

そんな亮が可愛くて、愛しくて、薫は亮をそのまま抱きしめ続けた。

「……好きだよ、亮…」

そんな言葉に亮はまた無意識に表情を綻ばせた。














やっちゃいました、クリスマスネタ。
最初はタイトルを某歌手の有名曲、恋人達のクリスマスにしようかと思ったんですが、
歌詞があまりにも乙女なので急遽宿木に変更。
ま、乙女度はあまり変わりませんが…。